名古屋高等裁判所 平成3年(ラ)109号 決定 1991年12月15日
抗告人 中曾根加代
相手方 中曾根勇作
主文
1 原決定を取り消す。
2 本件を津家庭裁判所に差し戻す。
理由
一 抗告人の申立の趣旨及び理由は、別紙「抗告申立」と題する書面記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、<1>抗告人と相手方は、昭和47年12月5日婚姻した夫婦であり、その間に長男大作(昭和50年9月19日生)及び長女美沙(昭和53年11月30日生)の2子がいること、<2>抗告人と相手方は、比較的平穏な家庭生活を営んで来たが、抗告人は、昭和62年3月頃、○○市民病院で脊髄小脳変性症の診断を受け、以後は同病院に入院して現在に至っており、抗告人には収入がないこと、<3>ところで、相手方は、右の費用として昭和62年6月頃まで月額8000円ないし1万円を支弁したことがあるのみで、その後の支弁をしないため、抗告人は、平成2年6月1日から生活保護(入院雑費の支給)を受けているほか、右疾患が国の難病(特定疾患)に指定されていることから、治療関係費は昭和62年4月分以降は負担しないこととなっていること、<4>右2子は、現在、相手方と同居していること、以上の事実を認めることができるが、相手方の収入又は可処分所得額を窺うべき資料はない。
2 原審は、(1)抗告人は、生活保護を受けているほか、治療関係費も負担しないこととされているので、現在のところ生活に困窮していないと認められること、(2)これに対し、相手方は、生活を維持するのが精一杯であることが明らかであることをあげたうえ、相手方の収入又は可処分所得について具体的な検討をしないまま、抗告人から相手方に対する婚姻費用分担の申立を却下した。
しかし、原審の右判断は是認することができない。
すなわち、(1)生活保護法による生活保護は、国が生活に困窮する国民に対し困窮の程度に応じ必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する目的で行われるものであり、原則として世帯を単位として行うとともに、民法に定める扶養義務者の扶養等に劣後して行われるものとされているのであるから、民法に定める婚姻費用分担義務を考慮するにあたり、生活保護法による生活保護の受給を抗告人の収入と同視することはできず、原審は、まず、この点において法律解釈を誤ったものというべきである。また、(2)相手方は、婚姻関係にある抗告人に対し自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持の義務を負うものであって、仮に原審がいうように相手方は生活を維持するのが精一杯であるとしても、そのこと自体、何ら相手方の扶助義務ないし婚姻費用分担義務を消滅させる筋合のものでないことは明らかであり、相手方の収入又は可処分所得を検討しないまま相手方の右義務を否定することは相当ではなく、原審は、この点においても判断を誤っているというべきであるが、一件記録を調査しても、その内容を判断するために必要な相手方の収入又は可処分所得を窺うことができないことは、前記のとおりである。
(なお、一件記録によると、抗告人は、原審における家庭裁判所調査官による調査にあたり、相手方に婚姻費用の分担を求める意思を明確にしなかったことが認められるが、抗告人が右分担申立却下決定に対し抗告し、当審においても新たに抗告人代理人を代理人とする委任状を提出している事実に照らせば、抗告人の意思を理由として婚姻費用の分担申立を却下することが相当でないことは多言を要しないところである。)
よって、抗告人の本件抗告は理由があるから家事審判規則19条1項に従い、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 園田秀樹 園部秀穗)
(別紙)
原審津家裁四日市支部平成3年(家)第520号
抗告申立
本籍 ○○県○○市大字○○×××番地
住所 同所 ×××番地の×
抗告申立人 原審申立人 中曾根加代
本籍及び住所 抗告申立人に同じ
相手方 中曾根勇作
右当事者間の婚姻費用分担申立事件に付平成3年10月29日付申立却下の決定書を同月31日送達されたが不服であるから抗告申立する。
抗告申立の趣旨
原決定を取消す。
相手方は、抗告申立人に昭和63年3月1日以降1ヶ月に付金2万円宛支払をなせ。
訴訟費用は第1、2審共相手方の負担とする趣旨の判決を求む。
抗告の理由
一 原決定理由2(1)の事実及び(2)国の難病に指定され治療費等受給していることは認めるが生活困窮していないとの点と(3)との事実認定には不服である。
二 原審審判官は本件当事者間の離婚請求事件を担当され、相手方より本件抗告人に対する離婚請求認容の判決をされた関係上事実関係を熟知されて居る。右本訴請求に対しては、抗告人より控訴し、離婚請求棄却の判決言渡あり次いで相手方より上告したが、10月31日上告棄却の判決言渡あり右本案判決は確定した。(疏甲1)
三 ところで原決定は抗告人の入院雑費2万1250円受給して居るから、現在のところ生活に困窮していないとされているが成人の女性が家族共同生活から離れて病院で1人暮しとは言え文化的生活を営むには、右金額を以てしては到底賄い切れるものでないことは、容易に推認出来るところである。通信費、出版通信物等購入費から交通費、間食費、被服代、消耗品代、修業代、宗教文化、交際費等数え出せば切りがないが、平成元年7月当時でも抗告人の実父山室伸一の証言によれば、入院雑費として同証人が病院へ行く度に3千円から5千円程度小遣いとして渡しているとのことであり、その后入院雑費が国から生活保護として出るにしても、現代ではそれだけで文化的生活を営むのには不十分である。(疏甲2山室第1審証人調書17)
四 之に対し相手方は親の所有地上で喫茶店を営んで居て、子供も既に高1、中1程度になって家業の手伝い位出来る筈で相手方と右両者の子供の3人暮しで、抗告人に月2万円位の小遣銭程度のものは捻出出来ないことはない筈であるのに平成2年6月頃迄毎月8千円から1万円位抗告人に渡していたと言うものの后は抗告人の親任せで全然見舞にも行かず、小遣銭も差入れしなければ子供にも会わせたり電話口にも出させぬようにしている位で抗告人に離婚請求するのも再婚希望もあってのことである。(疏甲3、相手方本人訊問調書4.38.40)
五 かくては相手方は抗告人が発病すれば病院へ送り込んで后ろくに面倒も見ず、国の生活保護や抗告人の親に依存し切りでまるで悪意の遺棄に斉しく人道上からも許されるべきでない。なる程原審請求時の如く月額10万円の請求には応ぜられないにしてもいくら収入がないからとて成人の男子が営業し健康体で普通に働いて居れば自己の小遣銭を割いてでも疏甲三の12に見られる如く月2万円位なら支払可能なのに原決定が却下決定したのは民法第720条及び752条家事審判法第9条1項乙号1、2号の適用を誤ったものと解せざるを得ず、本件申立に及ぶ次第である。(判例タイムズ747巻45頁乃至51頁参照)
疏明書類
疏甲第1号 最高裁判決寫 1通
2 山室伸一証人調書 〃
3 相手方本人訊問
平成3年11月5日
右原審申立人代理人 ○○○○
名古屋高等裁判所御中